自己紹介
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Riron写真塾と命名したのは、ようやく普及してきたネットで依頼者から直接の相談を募り「こんな結婚式を実現したい。」「こんな写真を残したい。」という希望を、共に手を携え「理に適った実践」で達成、具現化を目指した所以です。
顧客の意向よりも、式場や施設の勝手を優先する業態に疑念を抱き、それに直接携わる関連者様との協力で京都らしい和装婚礼等の写真撮影を施行しました。
そして「憧れるような光景」を世界に発信することで多くの支持を得て、数多くのロケーション撮影の実現に至りました。
成果につながったのは著作権・肖像権を重視したことが一因です。自前でのWEB運営は迅速さが武器となり、活動の積み重ねは結婚式写真にとどまらず、デジタル時代に合致した新しい撮影スタイルを切り拓いていきました。
スナップ撮影のWEB閲覧や、京都の観光情報発信、WEB掲載用のEC用コンテンツ制作にも展開が及んでいたのですが、諸事情により自営継続を断念することになりました。
私が写真に携わるようになったきっかけ
世襲の営業写真業界。この道を選べば「これから本当に大変なことになる」と分かってはいたのですが、この業界に根付く独特の考え方に「客観的な尺度」を持ち込みたいという強い思いがありました。
当時の写真はフィルムの化学処理を経て姿を現すもので、撮影者の責任は大きく、完成品は作品として価値を持ち、ホテル写真室のロゴが入った台紙仕上げなどがブランド力を生んでいたのです。


撮影済の写真制作のプロセスは、文字通りブラックボックス(暗室)。 つくば科学博覧会でGUIを目にして、画面上で加工する画像処理の未来に興味を抱き、暗室作業や印刷会社でのインターンを通じて現像・印刷の仕組みを学びました。
卒業後、引き寄せられるように東京赴任となり、気が付けばコマーシャルフォトのスタジオ現場での職務に携わっていました。撮影全般を理解することで写真全体の構造が把握でき、都市圏のコマーシャルフォト市場にも習熟する機会を得ました。
バブル絶頂と崩壊を東京で

バブルは本当に良い時代だったのか。私の答えは「No」です。実力が無いのに、あるかのように誤解して舞い上がっていたのだと思います。その崩壊で下がることがないと思われていた土地価格は急落し、返済不能のローンは「不良債権」と呼ばれ、長年続いた55年体制も終焉しました。
もちろん撮影価格も急落しました。やがて休日に空いた会社スタジオで人物撮影に没頭し始め、モデルのコンポジット用撮影から素人ポートレートへと自主活動を広げていきました。
京都へUターン フィルムからデジタルへ
30_3 東京でコマーシャルフォトに携わったとは言え、京都滋賀ではゼロからの再出発です。友人の結婚式撮影がきっかけで、京都市内の著名ホテルブランドの婚礼新商品開発に着手。それまで身に着けた技量が発揮できるようになりました。
しかし、時流にのめり込むほど周囲との軋轢が生じ、フリーランスとしてデジタル商品開発や撮影者育成に携わりました。


デジタルは即時確認できるメリットがあっても、修整のガイドラインが確定浸透しない限り、良品基準は不鮮明になります。いつの時代でも写真の判断基準は「トップダウン」か「手前味噌」的で、新技術も結局「不具合の取り繕い」に成り下がっていました。「機材の性能はまだ理想に達していない。」と痛感し、撮影の域を超えたCS追求を模索することになります。
スキルテストを受けて、ワタベウェディングに入社。婚礼前撮り撮影に携わるも、当時は私も技術偏重であったわけで、事業運営の採算や営業面の未熟さを痛感します。
そして名古屋で撮影効率化やコスト削減を立案実践し、スタッフと協力して高品質と顧客満足を追求。独自のポートレートスタイルで年間千組以上を撮影して、理想のスタジオ運営を実現しました。
「今度こそ、京都で写真撮影を」と思い、WEB(当時はHTML4)を学んで「Riron写真塾」を立ち上げ活動を始めたのは前述の通りです。「和婚」が定着して順調かとは思いきや、リーマンショックが日本にも波及し世界金融危機による景気後退が日本経済を直撃します。
独自性を強みにしていたネット集客のニッチビジネスは大手企業に模倣され、個人事業の継続はますます困難となってしまい、さらに追い打ちをかけるように負傷する始末。自営活動の断念を決断しました。
コロナ禍
東日本大震災はそれまでの日本人の価値観を大きく揺さぶりました。印象に残るのは被災状況の即時情報発信で、スマートフォンとSNSの急速な普及は日常の記録や表現の方法を根底から変えてしまいました。そして日本文化の見直しにも注目が集まるようになりました。
「学生さんに京都の和装、着物文化を体験してもらいたい。」という希望もあって、着物レンタルの会社に入社。
阪神淡路の震災からちょうど20年が立ち、神戸で成人式を迎えた家族アニバーサリーの写真撮影に臨みました。また修学旅行やMICEでの京都着物体験、観光対象の和装ロケーションフォト、インバウンド対象の和装フォト、和装ポージング指導等、事業化に向けて片っ端から手掛けていきました。

コロナ禍は京都から観光客が姿を消すという現実を突きつけました。そして機材の進歩やSNSの普及で、写真はもはや専門職の技術範疇から生活者全員の表現手段へと広がりました。
しかし、基礎を欠いた我流撮影の氾濫、情報過多やAIへの過信が進む今だからこそ、「確かに伝える」ための表現力の切磋琢磨がますます重要になっていると思います。
経験よりの知識不足から「必要、不必要」の判断が適正でなく、貴重な時間や労力を無駄にしてコストを浪費しているのを目の当たりにします。その一方で「正しく学びたい。」と、熱心に取り組む方々から多く声が寄せられています。
「知識を得て、実践するだけで、こんなにも違うんだ!」という手応え、そして自信を持っていただきたいと思います。
私のこれまでの経験や技術が、そのお役に立てるのではないかと考えています。写真を学ぶことは、「伝える力」を得ることにつながり、その道のりは果てしなく続いているように思います。
詳しくは当サイト内のページをご覧ください。最後までお読みいただきありがとうございます。